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東京地方裁判所 昭和24年(ヨ)46号 決定 1949年3月15日

申請人

全日本金属労働組合東京支部

日本油機小松川製造所分会

被申請人

日本油機製造株式会社

主文

申請人が保証として金三万円を供託することを条件として、次の仮処分を命ずる。

被申請人が、昭和二十三年十二月二十五日並に同月二十七日に、いずれも被申請人の従業員たる別紙目録第一、第二記載の申請人組合員に対してなした解雇の意思表示は、その効力を停止する。

理由

本件当事者の疏明方法に依つて一応認められた事実関係に基き、本裁判理由の重要な点を左に掲げる。

(一)  本件労働協約には従業員の人事えの参加として其の第六条に「従業員の雇入解雇は組合の承認なしに会社が一方的にやらぬことにする」旨の規定があり又右協約の継続期間に関し第十八条は「この協約の有効期間は昭和二十一年十月二十七日から向ふ半ケ年とする但し期間中でも双方の合意でこの協約を改訂することができる。」尚第十九条に「期限になつて双方から変更又は終結の意思表示がない時はこの協約は自動的に向ふ半ケ年間その効力を延長する又期限になつて変更の意思表示があつた時でも新規協約が成立する迄この協約は効力を失はない」との規定がある。而して昭和二十二年四月二十六日同年十月二十六日昭和二十三年四月二十六日の各期間満了時に於て当事者何れからも変更又は終結の意思表示がなかつたので、右協約は夫夫期間満了の翌日から其の都度六箇月の期間を以て更新せられたものと云うべく、其の後昭和二十三年五月十七日に至り被申請人会社より協約変更(主として右第六条の撤廃の為)の申入があつたので、本協約は次の期間満了の日である同年十月二十六日を以て、本来の期間を終つたものであるが、新協約が成立しないので従来の協約は依然として其の効力を保有しているものと認めるのが前示条項の趣旨にかんがみ相当である。尤も労働組合法第二十条の法意からして、労働協約が本来暫定的な性格を有するものであることを直に否定するものではないが、ただこれだけの理由でもつて労資双方が自主的に定めた「新規協約が成立する迄この協約は効力を失はない」とする条項に対し、之に干渉して無効とすることは到底認容し得ないところであるし、又本協約再度の更新後は期間の定めのない協約になつたとして雇傭契約の規定である民法第六百二十七条に基き使用者に之が一方的解約権を認むべしとすることも労働協約の法規的性格上直に首肯し難いところである。ことに労働者側の経営乃至人事への参加は、未だ法律によつて保障せられた制度でもなく、組合にとつては団体交渉によりようやくかち得た重大な権利であるから、右法条に基き使用者側の一方的意思表示により僅か二週間の経過を以て之を失効せしめ得るとすることは甚だ失当であると云はねばならない。当時者双方の合意により定まつた規範は(当事者の意思を全然無視しても差支えない程の極く稀な場合を了想し得る外は一般に)当時者双方の合意によつてのみ失効せしめるの外はない。然しかく判断したからと云つて、当事者一方が解約を欲しても相手方が之に同意しない限り協約は永久に拘束力を生ずるとの点を惧れるの要はない。なんとなれば、協約の解消には相手方の同意を要すると云うことは、相手方に右同意拒絶権の濫用ある場合には其の同意を得ずに申込者の意思表示のみによつて協約を失効せしめ得る場合をも否定することにはならないからである。而して、右拒絶権の濫用とは社会経済情勢の変動により従来の協約を其の儘存続せしめることが双方又は一方にとつて甚だ不当であると客観的に認め得られるに拘らず、当事者の一方が該協約の改訂乃至新協約の成立に協力を肯じない様な場合を云うのであるが、右客観的情勢の外当該条項の性格、特に、それが暫定的のものなりや否や、又それが債権的、規範的、制度的の何れのものであるか、更に当該条項が当事者何れの利益のためのものであるか、或は当時者が該条項獲得のために如何程の努力をしたか等諸般の事情から一当事者の右拒絶乃至不協力が労働関係に於ける信義誠実の原則に反するか否かにより右濫用の有無を判断すべきである。

然しながら本件に於ては申請人組合に従来の協約の改訂乃至新協約の成立に故意に之が協力を肯じないとか、其他拒絶権の濫用のある事実を疏明するに足る資料はないので、本協約は依然として其の効力を保有して居るものと云うの外なく、従つて被申請人会社が昭和二十三年十二月二十五日及二十七日二回にわたり其の従業員たる申請人組合の組合員に対し申請人組合の承認を得ずして為した解雇の意思表示は、本協約第六条の規定に違反するものと認むべきである。

(二)  ところで、右条項が存するからといつて、被申請人会社は、常に必ず申請人組合の承認を得なければ、その従業員の解雇ができないと解すべきではない。

被申請人会社の経営状態及び経理の内容を見るに、小松川工場の賠償工場指定、戦時補償の打切、関東風水害などに起因する赤字融資を整理し、また、需要に比較して大規模に失する機械工場部門を縮少して経営の合理化をはかるために、企業整備に伴ういくばくかの従業員の解雇を必至とすることは、ほぼ推測せられるところである。このような事態の下に於て申請人組合が、相当な理由もなく、解雇についての承認を拒むのであれば、それは経営者と従業員との法律関係を律する信義則に違背するといわざるを得ないのであつてこのような場合には、被申請人会社は申請人組合の承認を得ることなく、有効に解雇することができるというべきである。

しかしながら、被申請人会社が申請人組合の右承認を求めようとするならば、申請人組合に対し、会社の経営状態、経理の内容をつぶさに公開し、相互に隔意のない意見を交換して、誠実に企業の整備並に再建の方法を協議し、申請人組合を十分に納得させて、その協力を求むべき事は、本件労働協約の各個の規定からも伺われるところであるし、また、かかる協議によつて、もし、解雇を必要とするときは、その合理的な員数、指名が期待されるのである。しかるに、被申請人会社が、企業の整備並に再建に付き、何等具体的な交渉を持つことなく、申請人組合の賃上ないし越年資金の要求に際し、解雇案を以て答えたことは、企業経営者として、その責任を十分に尽したものとはいえず、申請人組合が、全面的にその承認を拒否したことも、一応その理由があると考える。

(三)  解雇が無効であるにも拘らず、組合員が被解雇者として取扱われることは、特に、インフレション昂進下の今日、組合員個人の経済上の死活問題であるのみならず、組合員保護の任にあたる申請人組合にとつても、緊急の関心事であり、また、新労働協約の締結、企業の整備再建等の重要問題が討議せられようとしている現段階に於て、組合員を失うことは、いちぢるしい損害であるといわれなければならない。

仍て、申請人組合の労働協約上の権利を保護するため、その組合員を従前の地位に復し、速に、被申請人会社との間に自主的に適当な解決をなさしむべく主文のような仮の地位を定める仮処分をしたわけである。

申請

東京地方昭和二四年(ヨ)第四六号仮処分申請事件(昭和二四・一・一一申請)

一、当事者

申請人 全日本金属労働組合東京支部

日本油機小松川製造所分会

被申請人 日本油機製造株式会社

二、申請の趣旨

(一)、被申請人が、昭和二十三年十二月二十五日別紙目録第一記載の者に対して、さらに同月二十七日別紙目録第二記載の者に対して、各々なしたる解雇の効力は、これを停止する。

(二)、被申請人は前項記載の者が作業場に入り業務をなすことを妨害してはならない、又賃金の支払その他について不利益な取扱をしてはならない。

との裁判を求める。

三、申請の理由

(一)、被申請人は東京都葛飾区上小松町二九六番地と新潟県柏崎に工場をもち、オイルエキスペラーその他を製造するものであり、小松川製造所においては、戦時中は七、八百人の労働者を使用してきたが、終戦の際三百五十人ぐらいに減少し更に、その後の退職者のために現在は二百六十四人の労働者を使用している。

(二)、申請人は、昭和二十年十二月に組合を結成した日本油機小松川製造所従業員組合の後身にして、右組合は昭和二十一年八月全日本機器に加盟したので、全日本機器東京支部日本油機小松川製造所分会となり、更に、全日本機器、全鉄労、全車輌の三組合が合同して全日本金属労働組合を組織するや現在の名称となつたものであつて、被申請人の小松川製造所の会社の利益代表を除く全労働者が組織されている。

(三)、申請人被申請人間には、昭和二十一年十月二十七日別紙添付のような団体協約が締結せられたが、この団体協約の期限は六ケ月となつており(十八)期限になつて双方から変更または終結の意思表示がない時はこの協約は自動的に向う六ケ月間その効力を延長せられ、これが繰返えされる趣旨になつている。

又、期限になつて変更の意表思示があつても新協約が成立するまではこの協約はその効力を失わないことになつている(十九)ところが、この協約締結後双方から変更の意思表示がなかつたので、昭和二十二年四月二十七日にも、同年十月二十七日にも、更に、昭和二十三年四月二十七日にも、同年十月二十七日にもそのまま更新されて現在の団体協約に昭和二十四年四月二十六日までそのまま存続することになつている、もつとも、この間昭和二十三年五月に被申請人から改訂の申入があつたが、この申入は自然消滅となつた。なお、昭和二十三年十月十四日申請人組合は全日本機器の分会から全日本金属の分会に名称が変更されたが、被申請人は組合の同一性を認めその団体協約をそのまま承認してきたことは別紙その十の「労働協約改訂申入書」をみてもあきらかである。

このように存続して来た団体協約に対して被申請人は昭和二十三年十二月二十日に団体協約の改訂の申入をしてきたが、同月二十二日申請人はこれを拒絶した。次いで同月二十五日後記の新所長就任あいさつの際被申請人は一方的に団体協約破きの意思表示をしたが協約期限中、しかもその日に労働協約違反の解雇をするための破きの通知は効力を生ずるに由なく団体協約は現在もそのまま存続しているものである。

もしも、この場合に協約違反のための破きが簡単にできるものならば、団体協約はあつてもなくとも同じものであり、団体協約の産業平和に役立つという目的は到底果しえないであろう。

(四)、被申請人の申請人所属の組合員に対する労働条件は劣悪にして、その賃金も四千七百円ベースを出ないで昭和二十三年十一月二十五日飢餓生活に直面した組合員のために申請人は被申請人にたいして賃金八千五百円ベースと結婚資金を要求して交渉に入つたが、被申請人は十分の利潤をあげながら、経理面をゴマかして欠損だと称し要求に応ぜず、交渉は停頓していた、そこで申請人は年末を控えてどうにもしようがない組合員のために、同年十二月十八日前記要求は一応留保して、とりあえず年末のために越年資金一人当り五千円宛を要求することに転換した。これに対して被申請人はこの申請人の切実なる当然の要求にも応ぜず、却つて組合員をかく首する態度にでてきて同月二十日申請人に対して別紙目録記載の者の解雇の承諾を求めてきた、しかし、右申出書では、かく首者は技術不充分の人、老齢なる人、病弱なる人、欠勤多き人であるといつているが、その人名を見ると岡崎利行、堀越浩、加賀野幸次郎、宮本誠進、杉本順市、中村惣三郎、小林信一、片岡勇、河野祐治等の組合役員を含みあきらかに賃上要求をにぎりつぶすために組合活動分子を閉めださんとする意図がはつきりしている、又残つたものに比して技術勤態において優秀なものも少くない、しかも正月を目前に控えて解雇を申渡す如きは到底普通の者にはできないことである。そのような理由から同月二十二日申請人は被申請人に対して不承認の回答をした、これに対して被申請人は同月二十四日小松川製造所長の更迭を断行し、翌二十五日新所長南部重役の新任あいさつに名をかりて組合員を集めその席上で前記六十七名の解雇を発表し、更にその席上で八名を続みあげんとしたが果さず、被かく首者に対してはハガキで解雇通知を出すの暴挙を敢えてした。

更に、同月二十七日被申請人は組合幹部塚越芳平、吉橋康夫、野村誠治、市川正夫、黛博の五名を含む九名の解雇を発表した、そして合計七十六名の賠償管理工場身分証明書をとりあげ、工場外に放遂した。

この重ね重ねの被申請人の暴挙に対して、申請人は同月二十八日「闘争宣言」を発し、現に争議状態であるが、解雇せられざるものは作業を継続し、解雇者は工場外部にあつて両者一体となつて被申請人に対して交渉中である。

(五)、前記の七十六名の解雇は申請人の承諾をえないものであるから団体協約「(六)従業員の雇入、解雇は組合の承認なしに会社が一方的にやらぬことにする」との規定に違反し無効であると共に昭和二十二年十月四日の「首切りは絶対にしない覚書」なる協定(別紙添付)にも違反して無効である。

更に、右の解雇は二百六十四名中七十六名の解雇があるにもかかわらず、その中に組合の役員二十名のうち十三名を含み、その比率がてん頭していることからみても十一条違反を敢行するために行はれた解雇であることはいうまでもない。

この十一条違反を目的とする解雇は全員について無効である。十一条違反を断行するためにやむなく組合役員や組合活動者以外をリストに載せてゴマかそうとしたとするならば、その解雇はリストに載せられた全部について無効である。

更に、正月を目前に控えてこのような大量的なかく首を断行することは社会正義からみてもゆるされないことである。

(六)、申請人は右の十一条違反の点については去る十二月二十八日東京地方労働委員会に提訴したから、近く十一条違反の裁定が下ると思う、又申請人は解雇無効の本訴を提起するために準備中であるが、その判決確定前において、特に今日の社会経済状態のもとにおいて勤労者として当然にうける生活の困難と精神的な苦痛は回復すべくもない。

そこで申請の要旨記載の裁判を求める次第である。

東京地方裁判所 御中

(別紙目録省略)

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